サービス提供モデル

認知症の社会負担軽減に向けた 神戸プロジェクト

高齢化が世界規模で進む中、認知症も急速に増加しています。世界一の高齢社会の日本では、認知症患者数は450万人以上で、軽度認知障害を含めると、800万人以上が認知機能の障害を抱えていると報告されています(2012年、厚生労働省)。

認知症の根本的な治療薬がない現在、少しでも認知機能の低下や認知症の重症化を遅らせるために、早期発見、早期介入の重要性が注目されています。

また、認知症の増加に伴って増大し続ける社会負担(医療、介護、家族の負担)をいかに軽減していくのかが大きな課題になっています。

しかしながら、具体的にどのように認知症を早期発見、早期介入していけば良いのか、それぞれの地域でどのように高齢者を支えて、社会負担を軽減していけば良いのかについては、今後のエビデンスの強化が期待されているところです。

 

背景・目的  

このような状況に鑑み、WHO神戸センターと神戸大学は、神戸市のご協力のもと、認知症の早期発見・早期介入をめざす「神戸モデル」構築をめざした3年間の共同研究「認知症の社会負担軽減に向けた神戸プロジェクト」を開始しました。神戸市が実施した高齢者の生活状況アンケート「基本チェックリスト」と2017年度から始まったプログラム「フレイルチェック」で得られたデータを活用し、認知症の社会負担を減らすための地域モデルの構築を目指します。

研究骨子

  1. 約8万人の70歳代の神戸市民を対象とした「基本チェックリスト」調査の解析(研究責任者:小島伸介)
  2. 「基本チェックリスト」回答者のうち認知機能低下を原因とした将来の介護リスクが高いと思われる約5000人に対する認知機能と生活の質に関する追加調査の実施と解析(研究責任者:古和久朋)
  3. 神戸市が2017年度から開始した「フレイルチェック」参加者のうち同意が得られた方(約5000人を想定)に対する認知機能と生活の質に関する追加調査の実施と解析(研究責任者:山本泰司)
  4. 神戸市が実施した「認知症予防教室」受講者のうち約100人に対する追加認知機能訓練の実施とその長期予後に関する評価(研究責任者:前田潔)

 

ポイント

  1. 高齢者のある時点における認知機能と、将来的な介護リスクの関係性を明らかにする。
  2. 認知機能低下を遅らせる効果的な介入方法に関するエビデンスを探索する。
  3. 認知症の早期発見、早期介入を実現する地域モデルを提示する。
  4. 日本国内のみならず世界に向けて政策オプションを提供する。

 

研究チーム

リサーチ主導施設:神戸大学 
神戸大学医学部附属病院 臨床研究推進センター 永井 洋士 特命教授 
神戸大学大学院 保健学研究科 リハビリテーション科学領域 古和 久朋 教授 
神戸大学大学院 医学研究科 病態情報学分野 山本 泰司 准教授 
公益財団法人先端医療振興財団 臨床研究情報センター医療開発部 小島 伸介 
神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 前田 潔 特命教授 
WHO神戸センター 茅野 龍馬 医官

 

出版物

Kojima, S., Kikuchi, T., Kakei, Y. et al. Implication of using cognitive function-related simple questions to stratify the risk of long-term care need: population-based prospective study in Kobe, Japan. Health Res Policy Sys 20 (Suppl 1), 120 (2022). https://doi.org/10.1186/s12961-022-00920-4

Nagai Y, Kojima S, Kowa H, Kayano R, et al. Kobe project for the exploration of newer strategies to reduce the social burden of dementia: a study protocol of cohort and intervention studies. BMJ Open 2021; 11:e050948. https://doi.org/10.1136/bmjopen-2021-050948

タイの高齢者のための地域包括型中間ケア (CIIC)サービスモデルを評価するランダム化比較対照試験

背景

世界的に、健康寿命は平均余命よりもかなり短くなっています。WHOの全地域 において出生時の平均余命と健康寿命を比べると、平均で12.2%の差があります。そのため、人々が長生きするほど、何らかの保健医療を必要とする慢性症状を発症して管理が必要になる確率が高まります。

2016年にはタイの人口の16%であった60歳以上の割合が、2040年までには33%まで高まると推定されています。タイでは高齢者、特に慢性疾患を患う高齢者の継続的ケアに関して保健医療の制度と政策の強化を図っているところです。タイの高齢者保健医療はいまだにその多くを家族に頼っており、持続可能とは言えない状況にあります。

地域包括型中間ケア (CIIC)は、従来の家族による非公式な介護の強化とサポートを図るために設計された新しいサービスモデルです。地域に根差した介護予防運動を提供することにより、高齢者の介護ニーズを未然に防ぎ、家族介護者の負担を軽減することを目指しています。CIIC施設は、小規模な公的ケアホームも備えており、地域のレスパイトケアとしての短期滞在サービスも提供しています。また、CIICは、家族介護者の介護能力向上のための研修や支援を行っています。

目標

本研究は、タイの特定コミュニティにおいて、CIICモデルの有効性、すなわち、家族介護者の負担軽減、および、高齢者の機能的能力や生活の質の向上に対するCIICの効果について評価することを目的としています。

研究手法

クラスターランダム化比較対照試験は、2,788人の参加者に対して実施されました。6つの介入クラスターで1,509人、6つの対照クラスターでは1,279人の参加者を対象としました。 COVID-19のパンデミックの影響により介入に遅延をきたし、参加規模は当初の見込みよりも少なくなりました。 全体のフォローアップロスは3.7%でした。 主要な評価項目は、介入開始から6か月後の時点で介護者負担インベントリー(Caregiver Burden Inventory  - CBI)を用いて測定された、家族介護者の負担です。副次的評価項目は、高齢者の日常生活動作(Activities of Daily Living - ADL)スケールを用いて評価した機能的能力、老年期うつ病評価尺度(Geriatric Depression Scale - GDS)による高齢者のうつ病評価、そして、EuroQol(ユーロコル)5D-5L尺度を用いた高齢者の生活の質の評価です。すべての分析は、ITT解析(intention-to-treat analysis - 「治療の意図」による分析)に基づいてクラスターレベルで実施されました。

研究結果

CIICサービス実施から6か月後、介入クラスターにおいては、統計的に有意な介護者の負担の減少および機能低下の抑制が認められ、うつ病でない高齢者の割合が高くなりました。 ただし、ベースラインと介入後の評価を比較すると、GDSスコアには介入群、対照群の双方で大域的な増大がみられ、パンデミックによって誘発されたストレスを反映している可能性が示唆されます。 参加者の生活の質に改善は見られませんでした。生活の質への効果を含むCIICのあらゆる影響を検出するには、長期間にわたるフォローアップが必要になります。

世界的な示唆

家族介護者が直面する困難も考慮に入れて、人口高齢化にともなう高齢者の医療・社会的ケアのニーズに対処するためには、介護のためのイノベーションモデルが必要になります。COVID-19のパンデミックにより引き起こされた可能性のあるストレスにもかかわらず、CIICサービスを実施したコミュニティの高齢者は、対照サイトの居住者と比較して虚弱になる可能性が低かったことがわかりました。 これと関連して家族介護者の負担の軽減も見られました。 本研究は、CIICが高齢者の健康維持を促進し、長期的なヘルスケアのニーズとコストを削減するために役立つことを示しています。 他の多くの国々にも伝統的に家族による長期介護形態があるため、本研究の結果は、高齢者とその介護者のために同様の地域統合型介護モデルを採用したいと考えている国にとって有用であると考えられます。

地元関西にとっての意義

CIICモデルは、地域包括ケアシステムの一環で実施される高齢者および家族介護者支援を目的とする関西地域の取り組みに対しても有用な知見を与えると期待されます。また、CIICモデルを評価するために本研究で用いた手法は、関西地域における同様の取組の評価にも役立つと考えられます。

ミャンマーにおける人口高齢化をふまえたUHCの段階的実現のためのデータの有用性と政策に関する分析

背景

ミャンマーは、国全体のユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の段階的な実現を公約しています。65歳以上の人口は、2035年には現在の2倍以上におよぶ人口の9.8%に達すると予測されています。したがって、UHCおよび人口の高齢化に関連する政策や利用可能なデータの見直しが不可欠です。

目標

次期国家保健計画(2022-2025)において人口高齢化のニーズに対応するための有効なデータや政策文書を分析し、2030年に向けてUHCに関する将来計画を立案する。

研究手法

  1. 人口高齢化を含むUHC関連の課題を取り上げた国内外の既刊文献および灰色文献のスコーピング・レビュー

  2. 高齢者の保健ニーズやUHCに対する影響に関して、あらゆる政府部門の利用可能なデータ、計画、政策、法案を、特定、マッピング、評価

  3. 主要な政府・非政府ステークホルダーおよびサービス提供者からの聞き取りおよび協議

研究結果

1. スコーピング・レビューから以下のことが明らかになりました。

  • 障害のある人の77%が地方に居住していることから、地方に暮らす国民の保健医療および社会的ケアのニーズを管理することがミャンマーでは主要な課題となる。

  • 障害を有する率は高齢者で高く、ひとつあるいは複数の身体的障害を報告した人は60歳以上で57%、80歳以上では90%にのぼる。

  • 自然災害は重大な問題を引き起こし、高齢者や障害をもつ高齢の人々の保健医療や社会的ケアの継続性に影響を与える。

2. 政策およびデータのマッピングから以下のことが明らかになりました。

  • 中国、日本、マレーシア、タイなど他のアジア諸国の利用可能なデータと比較した場合、特に、高齢者とその家族の保健医療および社会的ケアに関するデータに格差があること。

  • 障害や障害に関連するサービスのニーズを系統的に評価する手段がないこと。

  • 高齢者に対する保健医療および社会的ケアの保障が明確化されていないこと。  

主要なステークホルダーは、聞き取り調査において、保健医療制度を適応させる必要性、健康促進や予防、リハビリなど高齢者にアクセス可能かつ適切なプライマリ・ケア・サービスを拡充する必要性、また、UHCに向けた国家戦略へのライフコース・アプローチについて主に言及しました。

世界的な示唆

高齢者を包摂するUHCの実現に向けて、ミャンマーでは、高齢者やその家族の保健医療および社会的ケアのニーズに関し、より良質なデータを収集する必要があります。地方でのプライマリー・ヘルスケアおよび社会的ケアの開発を優先し、それらの災害に対するレジリエンスを高め、このようなケアを必要とする高齢者に対する公的な保障を明確にすることも必要とされています。

地元関西にとっての意義

関西地域において培われてきた、災害に強く、人口過疎地の高齢者にも行き届く医療福祉制度づくりと、関連データの運用における貴重な経験と専門的な知識は、ミャンマーをはじめとする同じような課題に直面する国々にとって有益です。人口高齢化に適応する保健医療制度に役立つエビデンスを必要とする国々にとって、その教訓の共有は極めて有用です。

 

テクニカルレポート(英語版)

第1章・第2章

第3章・第4章

第5章

第6章

第7章

出版物

Kowal, P. , Tun, M. , Leik, S. and Rocco, I. (2021) Contributions of Social Networks to Health and Care Services in Myanmar’s Older Adult Population: 2012 Myanmar Aging Study. Health, 13, 1530-1545. doi:10.4236/health.2021.1312109  

カンボジアにおける持続可能なプライマリ・ケアに関する研究

背景

人口の高齢化は世界中で急速に進んでおり、それにともなって非感染性疾患(NCD)の有病率が上昇しています。NCDやそのリスク要因に対応した低コストで持続可能なサービスが提供できるモデルを採用し、NCD関連の障害や疾病を管理できるようにすることにより、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現に向けた取り組みを促進できると考えられます。

カンボジアにおける平均余命の大幅な延伸は、1990年代初頭以来の医療改革とともに進んだ経済発展によりもたらされました。 しかし、過去15年間で総死亡率は減少しましたが、NCDに起因する死亡と障害の割合は急激に増加しています。

NCDの予防と管理のための多様な利害関係者による国家戦略的計画は、プライマリ・ケア(一次医療)サービスにおいてコミューンレベルの保健センターが担う役割を浮き彫りにしました。 しかし、今のところ、そうした保健センターの活動は、そのほとんどが母子保健、感染性疾患、基本的な保健教育や健康促進サービスなどに限られ、NCDのサービス提供はほとんど行われていません。保健センターにNCDサービスを確立するにあたってガイダンスを提供するための取り組みが進む一方、こういった活動にはさらに、地域の状況に合わせた調整が必要とされます。

目標

シェムリアップ州の機能的かつ持続可能なプライマリ・ケア制度への貢献

研究手法

  1. シェムリアップ州の代表的なプライマリ・ケア施設の調査を通じて、NCDサービスの提供能力とそれにかかわる主な障壁の現状を評価しました。 「準備(レディネス)」指標は、高血圧と2型糖尿病の基本的な予防と治療のサービスを提供する際に必要なリソースの有無やレベルを評価するために構築されました。 施設の準備状況は、基本的な機器、必須サービス、診断能力、カウンセリングサービス、必須医薬品の5つの領域にわたって測定および平均化されました。

  2. 研究調査結果および国際的な文献レビューに基づき、プライマリ・ケア施設においてNCDサービスを提供するためのツールキットを開発しました。カンボジア 保健省、シェムリアップ州保健局、コミューンレベルの保健センター、カンボジアのNCDケア改善に取り組む非営利団体などの代表者を含む主要な関係者との協議を通じて、地域の状況に合わせた調整も行いました。

研究結果

  • 調査対象となるプライマリ・ケアの保健センターはいずれも、準備指標のスコアにおいて、他の類する研究で使用されている基準閾値である70%に達していませんでした。 NCDケアに関するトレーニングを以前に受けた保健センターは、そのようなトレーニングを受けなかった保健センターにくらべると、平均して高スコアであることがわかりました。

  • プライマリ・ケアを担う保健センターのスタッフによる高血圧や糖尿病の患者に対する評価・カウンセリング・治療・管理を支援するために、カンボジアの保健センターにおける高血圧および糖尿病管理のためのツールキットを開発しました。このツールキットは、利用可能なリソースや他の機関との取り決めに応じて修正することができます。

世界的な示唆

NCDケアを提供するプライマリケア制度の機能と能力を強化することは、低・中所得国の人口高齢化の状況にあって、より包括的かつ持続可能な保健医療制度に向けての第一歩として役立つことが期待されます。これにより、制度のあらゆる段階の医療従事者が慢性的なNCDに対応するケアパスに統合されていくと考えられます。

地元関西にとっての意義

関西地域で培われてきた慢性疾患の管理における経験の共有は、感染症の治療から慢性疾患の管理にいたる保健医療制度の適応を迫られている国々にとって極めて有用です。

 

シンガポールにおける高リスク高齢者の強化型ケア共同体(ECoC)モデルの評価

背景

高齢者のための保健医療ケアが不適切であれば、高齢患者が不用意に急性期医療施設でサービスを受けることになり、患者本人や家族、医療保険制度が負う医療費を押し上げる傾向がみられるとともに、最適なレベルの医療が提供されない可能性があります。不必要な再入院や救急診療および外来受診を防ぐことは、高齢者保健医療の持続性を高めるために重要です。

社会経済的地位(SES)の低さが、不要な受診や再入院などの好ましくないさまざま健康アウトカムの独立危険因子であることは広く認識されています。シンガポールでは、公的賃貸住宅への入居が低SESの指標となっており、再入院リスクの増加や頻繁な救急診療の受診との独立した関連性が認められます。こうした関連性の背景には、患者が複雑な保健医療制度に対応できないことや、患者のヘルスリテラシーが低いこと、患者とケア提供者の目標が一致していないことなどの理由があげられます。強化型ケア共同体(ECoC)は、動機付け面接手法を用いた保健指導を組み込んだケアモデルで、シンガポールの低所得地域に居住する高齢者のための保健医療・社会的ケアの統合の促進を意図しています。ECoCの目的は、患者のセルフケアを支援すること、また、病院から在宅治療への移行などにおいて患者がケア内容の変化を理解し管理する能力を高めることにあります。

目標

不必要な急性期医療サービスの利用を低減に導くうえでの、また、患者の健康の自己管理能力向上に対する、ECoCモデルによる効果の評価。

研究手法

  1. 当初のプロトコルでは、ECoCを評価するための非ランダム化比較試験において、50歳以上の低SES高齢患者150人の参加者を対象としていました。 しかしながら、COVID-19による制限の影響から、結果的には、2019年5月から2021年7月の間に、59人の参加者から完全なデータ(つまり、ベースライン調査および180日後の追跡調査を完了した対象者のデータ)を収集するにいたりました。
  2. 保健指導の実施とその経験に関する定性的評価も計画されていましたが、実施できた対象者は3人のみでした。
  3. 評価対象とした主なアウトカムのうち、不必要な保健医療サービス利用については、介入群における予定外の再入院、救急・専門外来の受診率の低減を指標に測定されました。患者のセルフケアと健康知識の向上に関しては、J. Hibbard が開発したPatient Activation Measure (PAM-13) を用いて定性的・定量的に評価されました。

研究結果

調査対象者を十分に得られなかったことから、本研究では結論を導くにはいたりませんでした。一方で、COVID-19パンデミックが高齢者の健康に関する研究に与える影響について、研究論文の発表が予定されています。その論文では、高齢者を対象とした研究を実施する際に健康危機の事態にあっても継続性を確保するために鍵となる、以下の6つの要因を明らかにします:

  • 高齢の研究参加者との間に、調和的な人間関係を構築し維持する。
  • 面接調査の質問を簡潔にして、年配の参加者が平易に理解できるようにする。
  • 特に低SES層の高齢者にみられるような虚弱で脆弱な集団を対象とする場合は、追跡段階が長い研究プロジェクトにおいて、参加者の脱落リスクとその割合を最小限に抑えるための戦略を開発する。
  • 健康危機の事態にあっても、高齢者の研究への参画継続を奨励するために、創造的で安全に配慮した対策を考案する。
  • データ収集の方法を対象集団の識字能力、教育的および技術的能力に適合させる(例えば、まだ大部分がデジタルに疎い高齢者集団でのデジタルデータ収集手法を回避するなど)。
  • 健康危機の事態にあっては、研究成功のための重要業績評価指標やその他の指標を優先させることなく、参加者のニーズ、安全性、およびウェルビーイングを重んじる。

世界的な示唆

COVID-19のパンデミックは、健康危機の事態の前、最中、事後に、脆弱な高齢者の経験と声を確実に聞き取るための継続的な取り組みの重要性を浮き彫りにしました。 この研究から得られた教訓は、現在および将来のパンデミックやその他の健康危機の際に、脆弱な高齢者に関する研究を安全かつ倫理的に実施できるように、さまざまな国の状況に適応させることが可能です。 重要なメッセージは、最優先されるべきは参加者の安全であり、研究の成否に関わりなく、参加者の安全を保護するために最善策と見なされる場合は、研究を打ち切る必要も生じるということです。

地元関西にとっての意義

本研究チームが経験に基づき提供する実践的なアドバイスは、関西地域において高齢者に関する研究を実施している機関や研究者にとっても有益であると考えられます。 この研究から得られた見識は、健康危機の事態にあっても、高齢者の健康課題に関する地元の研究を促進するために有用です。そのような研究から得られる情報の継続的で安全かつ倫理的な流れを確保し、地域の政策やプログラムへの情報提供や調整に役立つことが期待されます。

フィリピンとベトナムの高齢者に良質のサービスを提供するための専門職連携トレーニング

背景

専門職連携教育(IPE)では、2つ以上の異なる専門職の人達が相互に学び合うことを通じて効果的な協力関係を構築し、健康アウトカムを向上させることができます。人口の高齢化が進む中、高齢者に適切なケアを提供できる医療人材を育成する上で、IPEは重要な役割を担っています。WHOは、高齢者関連も含めた地域の医療ニーズに対応できる連携型医療人材の育成には、IPEが欠かせないステップであると認識しています。高齢者福祉の増進に対する強い政治的コミットメントに加えて、人材開発は、社会的サービスと保健医療サービスを統合し、急速に高齢化が進むフィリピンとベトナムにおけるユニバーサル・ヘルス・カバレッジの段階的な実現に寄与します。

目標

フィリピンの保健医療および社会的ケア従事者を対象とした職能に基づくIPEプログラムを開発すること。これにより、ベトナムや他の低・中所得国での利用に適合させ、社会的サービスと保健医療サービスをより適切に統合することが可能になります。

研究手法

  1. 60歳以上の人々の特徴とニーズの特定を目的とした、フィリピンの国家人口保健調査(2003-2017)、および、ベトナムのフエにおけるコミュニティ高齢者調査(2018)の分析。

  2. 日本、フィリピン、ベトナムの高齢者のケアに関連するIPEに基づく既存のカリキュラムと専門的なトレーニングプログラムのレビュー。2008年から2018年の間に発表された研究に基づき、評価ツールの信頼性と妥当性、IPEの成功要因と阻害要因、ならびにIPEのメカニズムとイニシアチブに関するグローバルな文献レビュー。

  3. フィリピンとベトナムにおいて選定されたプライマリヘルスケアセンター、病院(公立および私立)、高齢者福祉施設、および、信仰に基づくケアセンターにおいて、高齢者のケアに直接関与する348人(各国で174人ずつ)の保健医療および社会的ケア従事者(医師、看護師、リハビリ療法士、ソーシャルワーカー、看護助手、コミュニティヘルスワーカー、介護者など)を対象とした、綿密な聞き取り調査とフォーカスグループディスカッション。専門職連携による協働から得られる知識と実践の間のギャップを特定するための地元の専門家や公務員との協議。

  4. 上記の二次データ分析、文献レビュー、および定性的調査から得られたエビデンスを用いて、シナリオベースのケースメソッドとタスクベースのグループワークモジュールを備えた3日間のトレーニングプログラムを開発、フィリピンの2自治体、タガイタイとマリキナにおいて、病院従事者とコミュニティヘルスワーカーを対象としたトレーニングプログラムを試験的に実施。

  5. コミュニティヘルスワーカーに対してはランダム化比較デザイン(介入群でn = 42、統制群でn = 39)を用い、また、病院従事者を対象にプレテスト・ポストテスト・デザイン( n = 40)を適用して、フィリピンで試験的に実施されたトレーニングプログラムの評価。評価ツールには、チーム医療への態度を測定するATHCTS(Attitudes Toward Health Care Teams Scale)、協調活動の評価尺度であるCAES(Coordinated Activities Evaluation Scale)、IPEの効果を評価する尺度となるRIPLS(Readiness on Inter-Professional Learning Scale)、加齢に対する知識と態度を測定する尺度としてFAQ(Facts on Aging Quiz)を採用。

研究結果

  1. 定性的調査の結果、専門職連携による協働は、臨時的にかつ一貫性なく生じる傾向があることが明らかになりました。参加者の考察から、これは、個人レベル(地位や力の格差と上下関係、離脱と放棄、他職種のサービスと能力に対し不慣れであること、既存する文化的背景の複雑さ)、組織レベル(リソースのボトルネック)、とりわけ、システムのレベル(断片化された高齢者医療システム)における障壁が重なることに起因することがわかりました。

  2. 試験的介入研究では、介入群のコミュニティヘルスワーカーの態度に統計的に有意な改善が見られ、トレーニング後6か月にわたり持続しました(ATHCTSスコアは、プレテストで78.4、トレーニング後6か月で84.7、p <0.001 )。トレーニング直後の病院従事者では、態度と協調性に関して統計的に有意な改善が観察されました(ATHCTSスコアは、プレテストで88.9、トレーニング最終日で98.4、p <0.001。CAESスコアは、プレテストで25.6、トレーニング最終日で29.7 、p <0.001)。

世界的な示唆

各国では人口高齢化にともなう保健ニーズによりよく対応するための取り組みが続けられており、人材の強化はそのための重要な要素です。この研究を通じて開発されたトレーニングプログラムは、現職の専門職間教育により、増加する高齢者のための統合医療の提供に際しての姿勢および協調活動の実践に改善が得られることを示しています。

地元関西にとっての意義

本研究で開発された専門職連携教育のための教材は、日本で既に開発されている関連教材を一部参考にしています。これらの教材は、関西地域で実施される、高齢者のニーズに応えるための人材育成の取り組みにも知見を与えると期待されます。また、関西地域の関連する取り組みから得られた教訓などは、高齢者のニーズへの対応に関する課題に直面する他の国々にとって有益であると考えられます。

 

ラオス人民民主共和国における認知機能障害の有病率に関する評価

 

背景

ラオス人民民主共和国における認知機能障害の有病率は明らかになっていません。ラオス熱帯医学・公衆衛生研究所(TPHI)は、ラオス語の認知機能評価ツール(改訂版長谷川式簡易知能評価スケール・HDS-R)の検証を実施しました。HDS-Rは、1974年に日本の医師 長谷川和夫氏により開発、1991年に改訂された認知機能の評価ツールで、日常の臨床現場で簡便に使えるスクリーニングツールとして日本で広く使用されています。 HDS-Rは、9項目の設問で構成されており、30点満点中、カットオフ値の20点以下は認知機能低下疑いと判定されます[1]。 HDS-Rのラオス語版は、ラオス人民民主共和国保健省下の国立公衆衛生研究所によって2017年に開発および検証が行われました[2]。このツールを用いて実施された調査により、認知機能障害の有病率、介護者が利用できるリソース、認知機能障害に対する地域の体制が把握され、エビデンスに基づく政策立案に役立てられています。

目標

ラオス人民民主共和国における、60歳以上の高齢者の認知機能障害の有病率、認知機能障害に付随するリスク、介護に利用できるリソース、および、認知症に対する地域の体制に関する状況を把握して、公衆衛生政策に役立てる。

研究手法

  1. 認知機能障害に関するコミュニティベースの分野横断的有病率調査は、ラオスの北部、中部、および南部地域の代表的な3つの州の6地区に居住する60歳超の成人を対象に実施されました。60〜98歳の合計2206人(男性1110人と女性1096人)が、ラオス語版HDS-R(事前研究で検証済)、および、非感染性疾患の危険因子調査を目的としたWHOステップワイズ・アプローチ(STEPS調査ツール)を用いた聞き取り調査の対象となりました。調整オッズ比(AOR)は、ロジスティック回帰モデルを使用して推定されました。

  2. 認知機能に低下が認められる人に対して利用可能な公的・非公的リソースに関する情報、ならびに、地域における認知機能低下の受け止め方についての情報を収集するために、各地域のリーダーを対象に聞き取り調査が実施されました。また、3州6地区の12の医療機関において、医療専門家(HCP)への聞き取り調査も行われました。リーダーシップグループ3団体(村長、ラオス女性組合、Lao front)の村落委員会メンバーを対象とした聞き取り調査は70の村で実施され、合計182名が参加しました。 定性的データは、帰納的主題分析アプローチにより解析されました。

研究結果

  • 回答者の49.3%(うち59.0%が女性)のHDSスコアは20以下でした。年齢に加え、次の要因と認知機能障害との間に有意な関連性が認められました:高等教育を受けていないこと(大学教育を受けた人と比して)(調整オッズ比= 9.5)、居住地域が北部であること(中央に対して)(AOR = 1.4)、 居住区が農村部であること(AOR = 1.5)、身の回りのことに支援を必要としていること(AOR = 1.8)、低体重(AOR = 1.5)。一方、認知機能障害がないことと関連していた要因として、10分から1時間の中程度の身体活動(AOR = 0.6)、および、1時間以上連続する強度の身体活動(AOR = 0.6)が認められました。

  • 聞き取り調査に参加したHCPのいずれもが、認知機能低下の評価経験を有していませんでした。 認知機能の低下は、大多数の家庭において加齢の正常な現象として認識されていることから、HCPの回答では、認知機能が低下している人々に対する権利擁護および社会の認識についての必要性が指摘されました。HCPからはまた、認知機能低下の簡易な評価ツールとフォローアップに役立つ信頼性が高くアクセスしやすいトレーニングの必要性も示されました。

世界的な示唆

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の段階的達成には、高齢化にともなって生じるニーズを支援するための保健医療制度の強化が必要です。高齢者に対しては、医療従事者も地域社会も、正常な加齢による物忘れと認知機能低下の違いを理解することが重要です。低・中所得国の限られたリソースを考慮すると、能力開発と啓発のための革新的なアプローチが求められています。リソースの限られた環境においても利用可能な簡便なツールを用いることで、短期間のトレーニングによって、一般市民、保健医療の専門家、政府関係者の意識を高めることが期待されます。

地元関西にとっての意義

関西地域では、神戸認知症研究が実施され、その中で認知機能低下の高リスク集団を特定する簡便なツールが用いられました [3]。このツールは、リソースの限られた環境でも適用可能であり、国民の認知機能低下の状況を把握する必要がある他国においても有用であると考えられます。

 

参考資料

  1. Imai Y., Hasegawa K. The revised Hasegawa’s Dementia Scale (HDS-R) – Evaluation of its usefulness as a screening test for dementia. J.H.K.C. Psych (1994) 4, SP2, 20-24. https://www.easap.asia/index.php/find-issues/past-issue/item/503-v4n2-9402-p20-24

  2. Kounnavong S., Soundavong K., et.al. Lao language version of the Revised Hasegawa’s Dementia Scale. Nagoya J. Med Sci. 79. 241-249, 2017. https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medlib/nagoya_j_med_sci/792/31_SengchanhKounnavong.pdf

  3. World Health Organization. “Managing people with cognitive decline: validation of a checklist; WHO Centre for Health Development.” WHO Centre for Health Development, https://extranet.who.int/kobe_centre/sites/default/files/Managing%20people%20with%20cognitive%20decline_validation%20of%20a%20checklist_27%20Sept_slb.pdf  

 

査読中論文

Kounnavong S, Vonglokham M, Sayasone S, Savathdy V, Masaki E, Kayano R, Phoummalasyth B, Boupha B, Hamajima N. Assessment of cognitive function among adults aged ≧60 years using the Revised Hasegawa Dementia Scale: cross-sectional study. Lao People’s Democratic Republic. -Health Research Policy and Systems. Supplement issue.

会議発表

Assessment of the cognitive function among adults over 60 years using the Revised Hasegawa’s Dementia Scale: A cross-sectional study in three regions of Lao People’s Democratic Republic. Kounnavong S. 10th Annual Conference of Japanese Society for Dementia Prevention, June 2021, Yokohama, Japan.